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ソーシャル(SDGs)ビジネスにおけるマーケティング戦略立案のプロセスとは?マーケティングは悔しさを乗り越えるカギになる

ソーシャル(SDGs)ビジネスのマーケティング戦略立案プロセスを解説!

こんにちわ。ソーシャルビジネスを日本に広めたい南(@minami_shiroInc)です。

私は、大学時代のNPO法人や自身で立ち上げた団体での社会的取り組み、社会的企業でのソーシャルビジネスで、上手くいったことも、苦しい状況になった時もあった。

特に法律に関するソーシャルビジネスで事業撤退をあじわったのは、かなり悔しかった。もっとやれたことがあったし、社会問題解決まで遥か遠いところで終わってしまったからだ。

これらの経験を振り返ったり、世間の社会的取り組みを見たりして思うことは、「ソーシャルビジネスで期待する成果をえるためには、マーケティング戦略が欠かせない」ということだ。

私が経験した悔しい思いを他の人が極力しないように、実践してきたマーケティング戦略を立案するプロセスを一つひとつ詳細に解説した。

ソーシャルビジネスや社会的取り組みに挑戦している同志のお役に立てるのを願い執筆した。

まずは、「マーケティング=プロモーション(広告)」ではないって話から始めていく。

大前提、「マーケティング=プロモーション」じゃない

あなたは、マーケティングと聞くと何をイメージするだろうか?

私は、これまでに、デジタルマーケティング事業、Webメディア事業、ITシステム開発事業、SaaS事業、学習支援事業、就職・転職支援事業、プラットフォーム事業などのマーケティング責任者・事業統括や支援をしてきた。

その中で、私の友人、知り合い、同僚、上司などの人がマーケティングをどう捉えているかよーく分かることがあった。

「マーケティング=プロモーション(広告のニュアンスが強い)」と無意識なのか、そう捉えている人があまりにも多い

TVCM、タクシー広告、看板広告、リスティング広告、ディスプレイ広告、SNS広告など、マーケティングというと広告だと勘違いされている。

これは、誤りだ。

本来、マーケティングはもっと広い概念であり、考えないといけないこと、行動しないといけないことが多種多様だ

いくつか、マーケティングの定義を紹介する。

◆アメリカ・マーケティング協会のマーケティングの定義(*1)

マーケティングとは、顧客やクライアント、パートナー、さらには広く社会一般にとって価値のある提供物を創造、伝達、提供、交換するための活動とそれに関わる組織、機関、及び一連のプロセスのことである。

Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large. (Approved 2017)

◆日本マーケティング協会のマーケティングの定義(*2)

マーケティングとは、企業および他の組織1)がグローバルな視野2)に立ち、顧客3)との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動4)である。

日本マーケティング協会 1990年

1)教育・医療・行政などの機関、団体などを含む。

2)国内外の社会、文化、自然環境の重視。

3)一般消費者、取引先、関係する機関・個人、および地域住民を含む。

4)組織の内外に向けて統合・調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通、および顧客・環境関係などに係わる諸活動をいう。

◆グロービス(*3)

マーケティングとは、顧客ニーズや顧客満足を中心に置きながら「買ってもらえる仕組み」を作る活動である。

マーケティングがプロモーションだけでないと、分かってもらえただろうか。

マーケティングは、

  • どのような人のどんな課題を解決するサービスを開発する?
  • 価格はどうする?
  • どこで販売する?
  • どんなメッセージで商品を届ける?
  • どういった組織・オペレーションにしたらよい?
  • データが集まる仕組みと、データを活用する仕組みはどうする?
  • どのようなコンテンツを制作していく?

など、幅広く考えなければならない。

まずは、この大前提に立った上で、先を読み進めていただけるとありがたい。

ソーシャル(SDGs)ビジネスにもマーケティング戦略が必要な訳

TV番組,街頭ポスター,ソーシャルメディア,書籍などで、SDGs,ESG,Society5.0,サステイナブル,CSR,CSVの認知が広まってきた。

また、SDGsをはじめとした社会問題をビジネスで解決しようとする企業も、上場企業やベンチャー企業を中心に増加してきた。

「社会問題をビジネスで解決する」領域は、これまで寄付やボランティアに頼る活動がメインだった日本では、アメリカやヨーロッパ諸国と比べると遅れをとっている。

しかし、日本政府・各省庁・行政・大学などあらゆるセクターがソーシャル(SDGs)ビジネスやサステイナブルな取り組みを推し進めている。

そこでだ。

ソーシャル(SDGs)ビジネス・社会的取り組みを実践するプレイヤーが増加した際に、次の課題となるのはマーケティングではないだろうか?

なぜなら、せっかく成果を出せる可能性のあるサービス・商品が出来上がったとしても、(定義した)目標を達成できるかどうかは、マーケティングのあらゆる要素がマッチした時だ。

サービス・商品の開発や取り組み内容の決定だけでなく、届けるセグメント・ターゲットの選定、価格設定、販売チャネルの選定、競合と比較した際のポジショニング、メッセージの設計など、あらゆる要素を考える必要がある。

つまり、ソーシャル(SDGs)ビジネスを実施するなら、マーケティング戦略も立案しておかないと、「やっぱりまだ日本では早すぎた」などと誤った判断で、事業を中断してしまう恐れがある。(せっかく、社会問題を解決できる可能性があったかもしれずだ)

ソーシャル(SDGs)ビジネス・社会的取り組みにもマーケティングが必要だと痛感した悲しいニュースをみかけた。

「片親の子、貧困層が来ると想定していたのに…」友人が子ども食堂をやめた理由に「現代社会の情報格差を感じる」と悲しみの声(出所:「片親の子、貧困層が来ると想定していたのに…」友人が子ども食堂をやめた理由に「現代社会の情報格差を感じる」と悲しみの声 | citrus(シトラス))

『「片親の子、貧困層が来ると想定していたのに…」友人が子ども食堂をやめた理由に「現代社会の情報格差を感じる」と悲しみの声』の記事で見かけたことだが、子どもの貧困問題を何とかしたいとキレイな心をもつ人たちが、支援の一つである子ども食堂をやめざるをえない状況になってしまった。

記事によれば、富裕層と貧困層によって情報格差があることが要因の一つではないかと論じられている。

私も貧困世帯出身であり、大学時代にNPO法人と自身で立ち上げた団体で、貧困世帯の子どもや虐待・いじめをうけた子ども達と一緒にご飯を作って食べたり、勉強したり、遊んだりする取り組みを行ってきた。

たしかに、世帯によって情報格差はあった。

しかし、それだけが要因とも考えにくい。

実施側のマーケティング戦略がなかったケースもあるのではないだろうか。

なぜなら、情報に格差があるなら、格差があるのを前提に情報を届けるチャネルを(オフライン、オンラインで)分けたり、協力してもらうパートナーを分けたりする必要もあるだろう。

そもそものプロダクト(この事例では子ども食堂という取り組みを指す)の価値がなかった、障壁がなかったのかなどを見直す必要もあったかもしれない。

当然、この事例のような、子ども食堂を実施しようと決意した人にはリスペクトしかなく、こういった取り組みの積み重ねが問題を解決に導くとも考えている。

しかし、マーケティング戦略がなかったゆえに、期待する成果が出なかったというのはとても悔しいことだ。実施側も報われなければ、受け手側の問題を解決し、豊かに生きられる機会を届けられなかったことにもなりかねない。

だからこそ、ソーシャル(SDGs)ビジネス・社会的取り組みにもマーケティング戦略は必要なのだ。

ソーシャル(SDGs)ビジネスにおけるマーケティングの役割

ソーシャル(SDGs)ビジネスにおける、マーケティングの役割は、「自分視点から脱して、社会問題を解決するための課題や当事者に意識を向け、思考をめぐらせ、価値を届け、豊かな人生を手に入れるアシストをする」ことだ

これはあくまでも私の経験だが、ソーシャル(SDGs)ビジネスや社会活動をしている組織の中には、「自分よがり」な人がいた。

熱い想い、何とかしたいという意志があるからこそ生じることだろうが、「絶対、◯◯することが〜(当事者)を救えるんだ!」と考え、事業を創ったり、社会活動をはじめたりする。

しかし、自分よがりなビジネスや社会活動だと、一般的なビジネスでも思考をめぐらす「価値を届ける相手のニーズやインサイトを把握する」が欠けており、救いたい相手である社会問題の当事者を救えない可能性もある。

たとえば、貧困世帯の子ども達の居場所づくり(サードプレイス)をしている組織にいくつか出会ったが、中には子どもの居場所ではなく「大人の居場所」になってしまっていた。

元教員などが「勉強を教えて、貢献したい」キレイな気持ちで活動に参加していたが、子どもから聴いた話は「怖いし、話を聞いてくれないから、勉強したくない、ここに来たくない」だった。

つまり、大人達がよかれと思ってしている行動が、子ども達を苦しめていたのだ。

マーケティング思考は、自分よがりな思考ではなく「相手の深層心理を把握し、救えるためにはどうすればいいか?」を考え続ける行いだ。だからこそ、ソーシャル(SDGs)ビジネスで、陥りがちな自分よがりの思考を捨てるには、マーケティング思考が必要。

ソーシャル(SDGs)ビジネスのマーケティング戦略立案のプロセス全体像

前置きが長くなってしまい、申し訳ないが、本題のソーシャル(SDGs)ビジネスのマーケティング戦略立案のプロセスを解説していく。

ソーシャルビジネスにおけるマーケティング戦略立案のプロセス

ソーシャルビジネスにおけるマーケティング戦略を立案するプロセスは、大きく分けると4つある。

  1. マクロ環境分析
  2. ミクロ環境分析
  3. マーケティング上流プランニング(STPIP戦略)
  4. マーケティング実行プランニング

ただし、これら4つのステップを実行する前に、してほしいことがある。

それは、「仮説を設定する」こと。

なぜなら、闇雲に情報を集めて、考えても、よい意思決定ができなかったり、スピードが遅れたりするなどのデメリットが多いためだ。

まずは、「〜に問題があるのではないか?」「競合は〜をしたから成功したのではないか」などのあたりをつけてから、そのあたりを検証するために必要な情報を整理し、その情報を集められる方法も合わせて検討した上で、実行にうつすことをおすすめする

余談だが、仮説を設定する、つまり仮説思考に関して私がもっとも参考にしている本が『仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法』だ。

では、事例もいれながら、マーケティング戦略立案プロセスをステップ別に解説していく。

ステップ①:自社ではコントロールしきれない外部環境(マクロ環境)を分析する

マクロ環境とは、自社や事業の外部環境のうち、コントロールできないところで起きている事象のことだ。

マクロ環境の分析は、直接売り上げや利益に直結することではないため、おろそかにされがちである(私もおろそかにして、事業撤退の経験をした…)。

だが、マクロ環境に関する情報を集め、整理し、思考して解釈すると、戦略や施策を考えるために重要な示唆をえられる。決して、おろそかにされてはならない業務である。

このマクロ環境分析をするにあたって、偉大なフレームワークがPEST分析と呼ばれるものだ。

PEST分析は、以下の観点で分析をすすめる。

  1. 政治的環境(Politics)
  2. 経済的環境(Economy)
  3. 社会的環境(Society)
  4. 技術的環境(Technology)
PEST分析

また、上記PESTに「環境的環境(Environmental factors)」「法律的環境(Legal factors)」を加え、「PESTEL分析」と呼ばれることもある。

しかし、通常「環境的環境(Environmental factors)」は社会的環境に、「法律的環境(Legal factors)」は政治的環境に含むのが一般的なため、本記事ではPEST分析とする。

私が、法律に関するプラットフォーム事業の統括をしていた頃、政治的環境による壁が大きく、事業撤退した経験がある。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響も、社会的環境に含まれる。事前に「新型コロナウイルスが拡大し、経営難に陥る」ことは予測できなかったが、「もし◯◯が起ることを想定して、△△をしておこう」という意思決定は、マクロ環境を分析することによって可能になる。

私の事業撤退という悔しい経験もそうだったが、新型コロナウイルスのような危機も今後起きることを想定し、新規事業(新規ソーシャルビジネス)やマーケティングを考えることも必要だろう

蛇足かもしれないが、そもそも分析するとは、以下の流れなので、何の分析をするにしても参考にしてみてほしい。

フレームワークで価値ある分析をするまでのステップ

ステップ②:社会問題の構造や競合・自社などのミクロ環境を分析する

ミクロ環境とは、自社や事業の外部環境・内部環境のうち、マクロ環境と比べたらコントロールしやすい事象のことだ。

ミクロ環境分析をするにあたって、偉大なフレームワークが3C分析と呼ばれるものだ。

3C分析とは、

  1. 市場・顧客(Customer)
  2. 競合(Competitor)
  3. 自社(Company)

の3つの頭文字をとったフレームワークだ。

ソーシャルビジネスや(社会的責任)マーケティング戦略立案で3C分析をする目的は、

  1. 特定の社会問題の当事者のニーズを満たし(課題を解決し):市場・顧客
  2. 競合のソーシャルビジネスよりも社会問題解決の可能性を上げ:競合
  3. 自社の強みをフル活用する:自社

つまり、ソーシャルビジネスにおけるマーケティング戦略を立案するためのヒントを得ることが目的。

また、ソーシャルビジネスにおけるマーケティング戦略を考える上で、重要なのが実施しているソーシャル(SDGs)ビジネスの目的である特定の社会問題の構造を理解し、当事者のかかえている痛みや課題の解像度を上げることだ

言葉でいうのは簡単だが、社会問題の構造を理解したり、当事者の抱えている痛み・課題の解像度を上げたりするのは、それなりの業務量と時間が必要。

関連する書籍・論文・雑誌を読んだり、当事者・支援者・(大学教授・社会活動家などの)専門家にヒアリングしたりしていく。

しかし、ここの理解や解像度によって、開発する商品・サービスが本当に価値あるものになるかどうかが左右されるため、しっかり経営資源を投資した方がよい。

ステップ③:マクロ環境・ミクロ環境分析結果をもとにマーケティング上流プランニングを実施する(STPIP戦略)

マクロ環境とミクロ環境を分析したら、具体的な施策を考えるための前提となる以下を考えていく。

  1. セグメンテーション
  2. ターゲティング
  3. ペルソナ設計
  4. インサイト洞察
  5. ポジショニング

①市場や消費者を「分ける」=セグメンテーション

まずは、ソーシャルビジネスを展開している社会問題に関する市場と消費者の分け方を見直す。

たとえば、展開しているソーシャルビジネスが「日本の貧困」ドメインで、「(相対的)貧困世帯」が商品・サービスを届けたい相手だとする。

となると、「日本の貧困」ドメイン・「(相対的)貧困世帯」の人をどのように分けて、どのセグメントにフォーカスするかを考える必要がある。

一般的な市場や消費者を分ける軸は以下のようなものだ(*4)。

  • 地理的変数によるセグメンテーション:ジオグラフィックセグメンテーション
  • 人口動態変数によるセグメンテーション:デモグラフィックセグメンテーション
  • 心理的変数によるセグメンテーション:サイコグラフィックセグメンテーション
  • 行動によるセグメンテーション:行動セグメンテーション
セグメンテーションの要素

セグメントを分ける際に注意すべきことは、「課題・ニーズが異なる軸で分けること」だ

闇雲に年齢、性別で分けたとしても、そのセグメントに属する人の課題・ニーズが異ならなければ、分ける意味がない。

たとえば、(相対的)貧困世帯で暮らす、10代の人と20代の人で課題・ニーズが異なるなら、年齢でセグメントを分ける。

②経営資源を集中させる市場セグメントを「選ぶ」=ターゲティング

市場セグメントを「分けた」あとは、分けたどの市場に経営資源を集中させるかを「選ぶ」。

一般的に使われるターゲティングのフレームワークを紹介する。

  1. Realistic Scale(有効な市場規模):痛みや課題を抱える人が十分いるか?
  2. Rate of Growth(成長性):これからも痛み・課題を抱える人が増加するか?
  3. Rival(競合状況):競合商品・サービスが存在するセグメントか?
  4. Rank/Ripple Effect(優先順位/波及効果):口コミ波及の発信源となるセグメントがどこで、どのセグメントからターゲティングするか?
  5. Reach(到達可能性):チャネルやパートナーとの協力によって到達可能なセグメントか?
  6. Response(反応の測定可能性):施策の成果を測定できるセグメントか?
ターゲティングのフレームワーク「6R」

ソーシャルビジネスにおけるターゲティングを考える場合、「成長性」の解釈が一般的なビジネスのターゲティングを考える場合と異なる

  • 一般的なビジネスにおける「成長性」:技術の発展、ニーズの顕在化促進などによって市場が成長するならターゲティングしよう
  • ソーシャルビジネスにおける「成長性」:社会情勢、経済状況などによって、今後も痛み・課題を抱える人が増加しそうなら、危機的状況だから優先してターゲティングしよう

すこし抽象的な話だが、「市場が成長する=より多くのお金を稼げる」マインド・スタンスではなく、「市場が成長する=優先的に解決しないと痛みを抱えている人が増え続けてしまう」危機意識のもとターゲティングを考えるのが大事だ。

微妙なマインド・スタンスの違いが、言葉や施策に現れ、パートナーとの協力がうまくいかなかったり、大衆に批判されたりする要因になりかねない。注意しよう

ターゲティングのフレームワーク「6R」で優先的にフォーカスするセグメントを選んだあとは、マクロ環境・ミクロ環境の分析結果をもとに、最終的にターゲティングするセグメントを選んでいこう。

③ターゲット郡にいる人の価値観、生活習慣、直面している社会課題などの定性的情報も踏まえた具体的なターゲット像=ペルソナ設計

同じ市場・ターゲット郡にも価値観・生活習慣・直面している社会課題が違う人が存在する

セグメンテーション・ターゲティングについて解説してきた。次は、ペルソナを設計することについて解説していく。

あなたが(相対的)貧困世帯に暮らす子どもの力になれるソーシャルビジネスを実施していたとしよう。

よくあるこのソーシャルビジネスにおけるターゲット(の粒度感)は、「母親と2人暮らしをしている小学生の女性」のようなものだ。これではまだ、ターゲット人物の塊・郡にすぎず、生身の人間にまで顧客の解像度を高められていない。

たとえば、以下のようにライフサイクルや価値観まで掘り下げてペルソナを設計すれば、ターゲットの塊から生身の人間がみえ、何が課題かがより明確になってくる

ペルソナ設計の例

①年齢・性別

10歳の女性

②家族構成

母親と2人暮らし

③居住地

三重県津市

④ライフスタイル

母親は夜勤が多く、朝は寝ていることが多いため、既製品のパンやカップラーメンを毎朝食べている。

夜家に母親がいないので1人でTVを見て過ごすことが多い。

⑤価値観

将来は看護師として働き、母親を助けたいと考えている。

不満や不安なことを1人で抱え込みがち。

母親に負担をかけたくないので遠慮することが多い。

マーケティング施策の成果を左右するため、ペルソナ設計に時間をかけることは重要である。しかし、プロジェクトメンバーやマーケティング部署内だけで考えていても、実態とかけ離れていく可能性が高い。

そのため、まずはプロジェクトメンバーやマーケティング部署内で、3営業日程度で仮説のペルソナを設計する。その後、実施しているソーシャルビジネス、これから実施しようとしているソーシャルビジネスで解決したい社会問題に詳しい、NPO法人で働いている方、大学教授、あるいは解決したい社会問題の渦中にいる人に可能な限りヒアリングして、仮説を検証する。

ここでいう仮説検証は、「解決したい課題の検証ではなく、助けたいと考えている(ターゲティングしている)ターゲット像・ペルソナが想定している人物像とズレていないかの検証」を指している。

④ペルソナが抱えているペイン(痛み)や望んでいることを明確にする=インサイトの洞察

ペルソナを設計したら、ペルソナのインサイトを洞察していく。

インサイトは、「人を動かす心理」と定義されます。人間の心の中にあるさまざまな心理。その中で、人を動かす、言い換えればその人に変化をもたらすことに結びつく心理、を指します。(*5)

インサイトの洞察について、解説する前に、よく同じように使われる言葉として「ニーズ」がある。このニーズとインサイトは厳密には定義が異なり、この違いはマーケティング戦略を立案していく上でも重要な点なので、先に解説しておく。

インサイトとニーズの違い

インサイトとニーズの大きな違いは、「消費者が自身の心理に気がついているかどうか」である。たとえば、ユーザーインタビューした際に、言葉として出てくる求めているもの、欲求などはニーズにあてはまる。しかし、ニーズだけをヒアリングして、サービス・プロダクト開発すると、失敗するケースがある。

たとえば、2006年にマクドナルドがお客様にアンケート調査したところ、ヘルシーで低カロリーな商品が欲しい人が多いと判明した。早速ヘルシーメニューを開発して売り始めたが、思うように売れなかったという。しかし、その後、みんな大好きマガマックなど「ヘルシー」「低カロリー」とは真反対の商品がヒットしたのである。

認知神経科学の世界では、「人間が意識できる認知行動は全体の5%ほどで、意思決定や行動、感情のほとんどは、意識されない残り95%によって決まる」などの主張がある(*6)。人間が意識できる範囲は氷山の一角に過ぎないということだ。

試しに、自身で今日買った飲食物を「なぜ買ったのか?」を5回ほど繰り返してみてほしい。

ハッキリした答えが出たようで、出ないような感覚になるだろう。人間って意外と自身の行動を合理性だけでは、説明できないやっかいな生き物だ……(恋愛も似ているのかもしれない)。

つまり、ニーズだけでなく、隠れた心理であるインサイトを洞察していくことが、マーケティング戦略・戦術・施策の成功の分かれ道である。ただ、口で言うのは容易いが、インサイトを洞察するためには、時間・労力・お金などリソースを投資する必要がある。

特にソーシャルビジネスを実施する際に、貧困・障害・ジェンダー・ブラック労働・教育などの社会問題の渦中にいる人にヒアリングすると、「社会への怒り、憎しみ、諦め」「周囲の人への期待のなさ」などのネガティブな感情が影響し、インサイトどころかニーズを把握しきるのが極めて難しい

たとえば、私が(相対的)貧困家庭で暮らし、父親から精神的・物理的な虐待を受けていた頃、誰かに何をどうしてもらいたいか、何が苦しいかなどと聞かれても、一部の信頼できる人にしか答える気になれなかった(ほんとうは助けてほしかったにも関わらずだ……)。

研究者・支援者・関係者からヒアリングするのも一つだが、やはり社会問題の渦中にいる人自身の心理からかけ離れてしまうケースもある。実際のところ、インサイトを洞察するためには、第一次情報ではない情報をもとに推察し、「当事者の声なき声」にとことん耳を傾け、考え、泥臭く地道に根気強く行動しつづけるしかない。

最後に、インサイトを構成している4要素について解説する。

私が、インサイトをビジネスに活用する領域で敬愛している株式会社デコムが出版した『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』から、インサイトを構成している4要素を紹介する。

インサイトの4要素(出所:『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』よりSHIRO作成)

人を突き動かす心理(インサイト)は、「客観的なファクト(事実)によって生じた感情」と強く関係している。

実施している、あるいは開発するソーシャルビジネスのペルソナの、バックグラウンド・シーン・ドライバーの3つの客観的なファクト(事実)から、どのような主観的な感情が生まれたのかを洞察していく。

インサイトの要素①:バックグラウンド

感情が価値(または、不満や未充足)である背景的な理由

 

インサイトの要素②:シーン

感情が生まれた場面。行動や状態を伴う

 

インサイトの要素③:ドライバー

感情を生み出すもととなった、直接的な要因

 

インサイトの要素④:エモーション

気分や気持ち、情緒

同書では、バックグラウンド、シーン、ドライバーの3つの客観的なファクトには以下のようなものがあると述べられている(*7)。

◆バックグラウンド

・出来事、経験

・周囲の環境

・家族、友人、職場などの人間関係や交友

・仕事の状況、労働環境

・社会的に影響を及ぼす事実

・その人自身に関すること。年齢、性別、人種、外見的特徴、学歴

 

◆シーン

・日時、季節

・場所、エリア

・環境。どのようなところか、そこに何があったか

・一緒にいる人

・その人にとってどのような時だったか

・何をしていたか

・どのような状態だったか

・その前に何をしたか、その後に何をしたか

 

◆ドライバー

・物性、素材、成分

・機能、性能

・実際に行った行動、行為

・そこで感じた感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、痛覚、温覚、冷覚、圧覚、平衡覚、位置覚、運動覚、抵抗覚、重量覚、振動覚、空腹感、口渇感、吐き気、便意、尿意、内臓痛)

・歴史、由来、エピソード、背景にある事実

・ネーミング、パッケージ、広告、キャッチフレーズ、キャラクターなどの情報

ネガティブな感情、ポジティブな感情などの感情がうまれた背景にある要素を、これらのファクトをもとに事前に仮説を立て、その仮説を検証するための質問を用意して、当事者や関係者にインタビューしていけば、インサイトを洞察できる

(しかし、インサイトを洞察するのは極めて難しい……場数が必要だ)

⑤消費者の頭の中で他社との違いを明確にする=ポジショニング

ポジショニングとは、これまで述べてきた「セグメンテーション・ターゲティング・ペルソナ・インサイト」の集約させた商品開発・広告などの方針を決める重要な要素である。

ポジショニングを端的にいえば、「消費者の頭の中で、独自の役割・ブランドを構築してもらい、他と比較されない位置づけを創る活動」のことだ。

消費者の頭の中にあるもの・イメージがポジショニングの着地点。

ポジショニングの事例

※図はカフェに対して筆者がとっさに思い浮かべたポジションの違いを表している

ポジショニングを検討する時は、まず自社の社会的取り組みやソーシャルビジネスに関連する要素を整理して、それぞれの要素で他社とどのように違うかの仮説を言語化する

競合との違いを見える化する※図はカフェ経営者が競合との違いを見える化したのを想定している一例

社会的取り組みやソーシャルビジネスの場合、ポジショニングする必要もないケースもある。そもそも市場に実施している社会的取り組み・ソーシャルビジネスと類似するプレイヤーがいない時など。

とはいえ、他社が行っている社会的取り組み・ソーシャルビジネスで、社会問題が解決に繋がっていない、もしくは解決されるまでに時間が膨大にかかってしまうと考えるならば、別のアプローチ方法を検討する必要があるため、ポジショニングを検討する価値はある。

ステップ④:具体的なマーケティング施策のプランニング=マーケティングミックス(7P)

これまで、ソーシャルビジネスにおけるマーケティング戦略立案の3ステップ「マクロ環境分析→ミクロ環境分析→マーケティング上流プランニング(STPIP戦略)」の説明をしてきた。

これら3ステップをもとに、最後は、具体的なマーケティング施策に落とし込んでいくステップだ。

いわゆる、マーケティングミックスといわれるもの。

マーケティングミックス(7P)マーケティングミックス(ここではサービスマーケティングを前提にしている)には、7Pといわれる7つの要素がある。

Product(商品)

社会問題の渦中にいる人たちに、提供するサービス・製品のこと。

社会問題の渦中にいる人たちの課題を解決したり、感情が豊かになれる生活を過ごせられたりするために、7Pの中でもっとも重要な要素である。

Price(価格)

提供するサービス・製品の利用料だったり、罰金などの負のインセンティブだったりの価格を設定すること。

ソーシャルビジネスの場合、サービス利用者からではなく、企業や行政からお金をいただくケースがある。

たとえば、一般企業への就職を目指す障害のある方へ就職に必要なスキル向上の支援をする就労移行支援事業所は、利用者からはほとんどお金を頂かず、行政からお金を頂いている(*8)。

Place(販売場所)

サービス・商品を提供する場所のこと。

オフラインの事業所・ワークスペース・オフィス・施設などの箱なのか、オンライン上なのかなど、提供するサービス・製品に合わせて、届けたい人がアクセスしやすい、使い勝手がよい場所をオフラインとオンラインを組み合わせて設計していく。

Promotion(広告宣伝)

届けたい人に、サービス・製品の存在を知らせたり、利用してもらえるように行動変容を促したりするプロモーションを設計すること。

「広告」の定義にもよるが、私がプロモーションをプランニングする時は、まずトリプルメディアのそれぞれで、現状のリソースを踏まえて何ができうるかを検討する。

トリプルメディア

プロモーションするメディアタイプを選定したら、ポジショニングやペルソナのインサイトなどを考慮して、メッセージの方向性と具体的な言葉を明確にし、コンテンツを制作していく。

※参考までに、各メディアの具体的な手法(チャネル)を下記しておく。

チャネルの種類

▼チャネルの種類

  • Twitter
  • Facebook
  • Instagram
  • Yutube
  • LINE
  • TikTok
  • Linkedin
  • Medium
  • Pinterest
  • note
  • プレスリリースサービス
  • 純広告
  • ディスプレイ広告
  • リスティング広告
  • ネイティブ広告
  • Webメディア掲載
  • オウンドメディア
  • メールマガジン
  • オフライン/オンラインイベント
  • パンフレット
  • ポスター
  • 手紙
  • FAX
  • テレビCM
  • 交通広告
  • 業界紙・雑誌への広告出稿
  • コンテンツディスカバリーネットワーク
  • コーポレートサイト
  • オフライン/オンラインコミュニティ
  • キュレーションアプリ
  • ニュースポータルサイト
  • はてなブックマーク
  • コンビニ広告
  • POP

Personnel(人員)

人員とは、サービスを提供するメンバー、協力者、関係者など、サービスを提供する全ての人のことである。

スターバックスでアルバイトとして働いたことがある方ならよく分かると思うが、スターバックスはアルバイト研修に80時間も費やしている。

スターバックスの場合、商品ラインナップ・内装・立地・価格などの要素が売上に関係しているが、直にお客様と接する「人」に時間と労力を投資している事例ではないだろうか。

ソーシャルビジネスの貧困・障害・ジェンダー・教育など「人」に直接的にアプローチするビジネスの場合、スターバックスのようにPersonnel(人員)への投資も欠かせない。

「子どもの孤独」に対して事業を展開している認定NPO法人PIECESが行っているCITIZENSHIP FOR CHILDRENは、子どもの日常にかかわる人たちを対象にした育成プログラムだ。

CITIZENSHIP FOR CHILDREN

(出所:CITIZENSHIP FOR CHILDREN)

ソーシャルビジネスの内容によっては、「人」に投資するために、CITIZENSHIP FOR CHILDRENといったようなプログラムに参加するのも一つの方法だろう。

Process(サービス提供プロセス)

Process(サービス提供プロセス)は、サービスをお客様に提供するまでのプロセスや体験のことである。

まずは自社内、調達先など含むステークホルダー含めたサプライチェーンを見える化し、それぞれのフローを効率化できないかを見直す。

サプライチェーン

もう少し細かく見るなら、店舗ビジネスを展開していたとして、お客様の「店舗に入る→注文場所まで並ぶ→メニューを見る→注文する→商品を受け取る」一連の動きを見える化する。各フローで効率的に、お客様に商品を提供できる工夫ができないかを模索する。

また、効率化だけでなく、サービス体験を向上させられないかも検討する

たとえば、私がディズニーランドに行った際に、待ち時間が苦手な私にとってはあの時間が苦痛でしかなかった。しかし、ディズニーランドは、私のようなお客様へのおもてなしとして、待ち時間にユニークな放送で楽しませてくれたり、キャストが話しかけてくれたり、ミッキーが微笑んでくれたりと、「苦痛な待ち時間」を「楽しい時間」に変えてくれている。

いわゆる、ユーザーエクスペリエンス(User Experience)の話だ。

サービスがお客様に提供されるまでの体験をいかに良いものにするかの検討も忘れずに行おう。

Physical Evidence(物質的空間設計)

Physical Evidence(物質的空間設計)は、お客様が体験するサービスを創り出す「場(物的環境)」の条件だ。

たとえば、ホテルのサービスを創り出す「場」の条件だと、「ホテル周辺がうるさくない状況」が「リラックスして、非日常空間を味わえる」サービス体験を生み出せる。泊まった部屋の隣が改修工事のドリル音でうるさかったら、泊まれたとしてもサービス価値は地の底だ……。

このような物的な環境要素の設計が、Physical Evidenceである。

特定の場所で、学習・スキル支援に関するソーシャルビジネスを実施しているなら、室内の温度・臭い・設備や建物周辺の音なども含めて設計しなければならないことを意味している。

事業撤退、価値向上の失敗という悔しさを乗り越えるカギはマーケティング戦略の良し悪しだ

ソーシャルビジネス、あるいはビジネスではなくても社会的な取り組みにおいて、マーケティング戦略が、期待する成果を得られるかどうかのカギだと、私は事業撤退という悔しい経験をして痛感した。

別の経験だと、自分たちでは「絶対このサービス(取り組み)なら、●●の社会問題を解決できる」と盲信してしまっていたために、サービスを体験する側の人からすると、実はより問題を悪化させてしまったこともある……。

私のような悔しい思いをしないためにも、これまで説明してきたマーケティング戦略を一から見直すアクションをした方がよいだろう。

熱く・綺麗な心でサービスを実施しているなら、期待する成果を得てほしい……。報われなければ、何年間もモチベーションを維持できる人はごく一部だからだ(キャッシュも悲しい事態になる)。

少しでも、本記事がソーシャルビジネスのマーケティング戦略を考えるうえで、お役に立てれば幸いだ。

これら7つの観点で、実施しているソーシャルビジネスを見つめ直し、期待する成果をえられるマーケティング設計を行っていこう。

(かなりしんどい仕事なので、外部からコンサルタントをいれるか、社内で役割分担して、一つひとつ取り組んでいこう)

【参考・引用元】

*1:AMERICAN MARKETHING ASSOCIATION

*2:公益社団法人 日本マーケティング協会

*3:グロービス大学院(1997).[改訂4版]グロービスMBAマーケティング ダイヤモンド社

*4:グロービス大学院(1997).[改訂4版]グロービスMBAマーケティング ダイヤモンド社

*5:大松孝弘、波田浩之(2017).「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方 宣伝会議

*6:Szegedy-Maszak, US News & World Report, May 16, 2005

*7:大松孝弘、波田浩之(2017).「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方 宣伝会議

*8:厚生労働省「就労移行支援について

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南 翔伍
南 翔伍
株式会社SHIRO 代表取締役。「貧困・虐待・非行の原体験 × ソーシャルビジネス経験」で社会問題解決に挑戦しつづける / 大学時代NPO法人と立ち上げた団体で貧困と障害をテーマに100名以上の子ども達を支援 / デジタルマーケティングのベンチャー企業での修行後、発達障害者支援をするソーシャルカンパニー、Web上で被害者と弁護士をつなぐリーガルテック企業でマーケティング責任者・事業統括マネージャーを務める / ソーシャルビジネス/社会的責任マーケティングに関する講演・ワークショップをしつつ、プラットフォームとWebメディアのグロースに専念